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論理が破綻している

2020年10月29日

 日本学術会議の任命拒否問題を取り上げ、どうしても政権を批判したいのだろうことは、理解できる。しかし、表現の一部だけを比較し、断じた論理は破綻してしまっている。

以下のような記事だ。

 ”(前略)

日本学術会議法 第七条

 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

 

 この「推薦に基づいて、任命する」の解釈が何なのか、という話なんです。例えば、憲法6条にこういう条文があります。

 

”日本国憲法 第六条

 天皇は、国会の指名に基いて内閣総理大臣を任命する

 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。 ”

 

 通常、「基づいて任命する」というのに拒否権があるとすると、天皇も総理の任命を拒否できるのか?みたいな法解釈が出来てしまいます。

 つまり、「推薦に基づいて」というのは、その推薦をそのまま丸呑みする、推薦された人を全員任命することを前提に行われているわけです。

 当たり前ですが、推薦に基づいて、ですので、定員を埋めるために他の人を勝手に任命することはもちろん内閣には出来ません。(後略)

    <文/平河エリ(読む国会)2020.10.19>

  ※(上記、文中の太字・赤字は吉田)  

 

 菅首相の日本学術会員の任命拒否について、内閣総理大臣の天皇の任命権と並べて、憲法違反だと主張している。どうも、「基づいて、任命する」という表現が根拠のようである。

 「国会の指名に基づく内閣総理大臣を天皇は任命拒否できないだろう。それを行えば、民主主義の破壊である。日本学術会議の推薦する会員を、総理が任命拒否するのはこれと同じだ」、との主張のようだ。

 

 敢えて説明するのも憚られるが、国会の指名とは、「国民に正当に選挙された国民の代表である国会議員」の一人一人の民主的な投票の結果としての「指名」である。それを覆すことは、象徴天皇の権限としては認められていないものである。拒否できないのは当然だろう。

 しかし、少なくとも、今回の出来事は、推薦を行う日本学術会議は、選挙で選ばれた国民の代表者から構成されている組織ではない。その一点でも、天皇の任命権とは全く違う。

 日本学術会議において、推薦を行うのは、日本学術会議会員候補者選考委員会による。「委員は、学識経験のある者のうちから、次に掲げる者と協議の上、日本学術会議の会長が任命する。」(附則第4条3)また、調査を担う専門委員も併せて、会長が任命している。

 また、学術会員に推薦されるための候補基準や、選考委員会での選考過程、選考結果についての詳細は不明であり、推薦者の決定の過程が不透明であることが、今回の騒動で見えてきたものだ。

少なくても会長を中心とした一定の権限下からの推薦が行われている日本学術会議の会員の任命を、憲法で定められた天皇の国事行為である「天皇の任命権」と同列に述べて論じられるべきものでは全くない。私は象徴天皇制に於ける国事行為の規定は、日本独自の厳粛で崇高な民主主義制度だと考えている。その制度を十分に理解していない故だとしても、平河氏の論理は、世界に誇るべき日本国憲法の理念を、貶める行為ともなっている。何故なら、天皇の任命権を、日本学術会議の会員への任命権と同等とする論理破綻が起こっているからだ。

 

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