「世界に誇る 日本国憲法を守りたい」

投稿日:2025年11月20日

相談室のブログに、政治問題への発言が2題も続きました。少し、違和感を感じられた方もおられるかも知れません。

私は、公立中学校で34年間社会科教員として勤めて来ました子どもたちには、平和な日本であることが、どれほど幸せなことか。自由や平等が、人生において如何に重要か。という事を、学んで欲しいと願ってきました。そして、その基盤に、日本国憲法が存在することを教えてきました。

 

そのような思いを持ってまとめた短い文章があります。以下に、掲載いたします。

 

          「世界に誇る 日本国憲法を守りたい」

神戸市 吉田純一

私は、中学校社会科教員として、長く子どもたちに日本国憲法について教えてきた。学校のきまりや、道徳、習慣などにふれながら、条例、省令、法律、憲法といった法体系について学ばせ、最高法規である憲法の学習に入っていく。

憲法の学習に入って、先ず子どもたちに宣言することがある。教科書の巻末にある、日本国憲法の資料を見させて、憲法が1条~103条まであることを確認し、1条の前には、前文が置かれていることに気づかせる。そして、今日から1カ月以内に、「前文全部」全員が暗誦しなくてはならないことを宣言するのである。

「前文を全部」と、私はシャレたつもりで言うが、誰もそれには気付かず(或いは気付かぬ振りをして)、「ギャー」とか「ムリー!」という声が、教室に響き渡る。

一通りの騒ぎが治まると、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表を通じて行動し、我らと我らの子孫のため・・・」と、私が暗誦を始める。

これで、2~3日後には、皆の前で暗誦する生徒が現れ、暫くは休み時間や空き時間に、校舎のあちこちで暗誦に夢中になる生徒が出現して、1カ月以内には、ほとんどの生徒が暗誦できるようになっている。

ある年、クラスの中で、どうしても暗誦に成功しないY君が居た。何度も失敗しながら、ある日、少したどたどしいところもあったが、前文を全部、暗誦した。その時、クラス中から大きな拍手が起こった。1番最初に暗誦に成功したA君よりも、更に大きな拍手であったことが、今でも思い出される。

日本国憲法の前文は、中学生にとっては、難解である。意味も十分に理解しないままに覚えている子どもも少なくない。しかし、柔軟な頭脳の内に覚えたことは、大人になってもなかなか忘れないものである。私自身が、中学校のときに覚えさせられた経験からである。

そのように身に付けた憲法でもあるので、私の日本国憲法に対する愛着は深い。大切にしてほしい、守りたいと強く思っている。

しかし、そのことは、日本国憲法も時代に即応して、改変していくことの可能性があることを否定するものではない。万物流転する中で、日本国憲法だけが、完全無欠の存在であるわけがないからだ。

昨今、憲法の改正も政争の具となり、憲法のことを口にすると、あなたは、護憲か改憲かと問われ、その色分けの後、議論が始まる。議論がうまいといえない日本人は、やがて激昂し、捨て台詞の応酬となる。

議論がうまくないのは、国会や政治討論会の場だけではない。昔、教員の集会で、平和教育について語っている中学校の教師が、授業での教え方をめぐり、話し合いが徐々にエスカレートし、終には、大声で恫喝を始めた。傍らで聞いていた私は、平和とは、思想・信条や立場を乗り越えて、まずは、相手の話すことに耳を傾けて、後は、粘り強い対話で、相手との妥協点を見いだすことではないのか、と思いながら、激昂して「平和教育」を語る人物を見つめていた。

私は、国民主権と基本的人権、平和主義を高らかに宣言したわが国の日本国憲法は世界に誇ることのできる、最高の法規だと思っている。

もし、時代の流れや、変貌する国際社会の流れの中、改憲或いは加憲することの必要性があるのなら、先ず、現行の憲法に深い愛着を持ちながら、その論議をすすめて欲しいと願っている。それが、唯一、この憲法を定めた時の、自由で平和な国家を希求した国民の切なる願いを損なうことなく、新しい時代の憲法を創設することになると信じるからである。

 

これは、平成21年度の兵庫県弁護士会が募集した「憲法作文」の懸賞論文に応募して、最優秀賞に選ばれたものです。

平成21年度「憲法懸賞作文」入賞者の発表 | トピックス(2009年-2021年) | アーカイブス | 兵庫県弁護士会

 

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私は、今も尚、日本国憲法の崇高な理念を守って行かねばならないと強く決意しています。

続きは、次回になります。

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